これからのみんなの未来を考える。


ゴールデンウィークが終わり、梅雨を通り越して夏模様。

息子の保育園が4月からはじまって、意気揚々。

と思いきや…

新しい環境にまだ慣れず、熱を出したり、風邪ひいたり、体調を崩し気味の息子。

予定していたより、仕事のペースを早めることができず、

母(ワタシ)の認識が甘かった〜〜〜育児の壁に何度もぶつかっています。

育児と、仕事と、私の人生。

女って、生きていくだけで、何と多難なことよ。

女の生きる道は、十人十色で、境界線がたくさんあるな。と感じる。

若い人、もう若くない人

結婚する人、しない人

子どもを産む人、産まない人

旦那さんがいる人、いない人

仕事をしている人、専業主婦の人、

子どもがひとりの人、たくさんいる人

実家が近くにある人、実家が遠い人

育児の苦労は、子ども産んで育てている人にしか分からないし、

子どもを産まなかった人の気持ちは、その人にしか分からない。

こんなに、生き方が多様になっている、これらもなっていく世の中で、

女性同士が、たとえ理解し合えなくても、

私が願っているのは、

女性は、生きがいを持って自分の人生を歩んでいくこと。

それが、世の中をよくしていく唯一の方法だと思っている。

昨日、まだまだ手のかかる1歳の子どもを背負って

ひとりで出歩いているお父さんと出会った。

「今、育児の壁にぶちあたっています」と話していて

それでも、子どもといることが、自然体で、

そんなお父さんと出会えてとても嬉しかった。

そんな男性がもっともっと増えますように…

女性の活躍が期待される中で、

保育園の待機児童が問題になっている。

保育園が足りない。保育士が足りない。

でも、問題の根っこは、そこじゃない気がしている。

今の社会の仕組みは、まだまだ男性社会。

子育てと仕事が両立できるような、働き方や

母親だけに負担がかかっている子育てを見直していかなきゃけない。

男性も育児に参加していけば、きっと、いい未来に変わる。

それには、女性が輝いて

男性にも応援してもらえるような生きがいをみつけなくてはいけないと思う。

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-母性社会の必然性- オノ・ヨーコ

人間性に反した架空価値観念のうえに成り立った父性社会は、放っておいてもいずれ崩壊する運命にあるのだが、自然の成りゆきに任せておくと、無理がたたってノイローゼ気味になっている男どもがヒステリーを起こし、いつナンドキ、水爆戦争などをおっぱじめるかわからないのだ。

 だからそこは、我々女性がうまくリードして、そういうことがないうちに、父性社会を崩壊させなくてはならない。と言っても、気違いと喧嘩しろ、と言っているのではない。男性の暴力革命も模倣する必要はない。父性社会が要求してきた「女の型」から自己を解放して、本来の自分をとり戻すこと、自分のために生きること、そしてそれを固執することによって、我々女は自然にリード的立場になれるのだ。

 そして、二千年の男性公害の傷痕を癒すためにも、当分母性社会になる必要が絶対にある、と私は思う。

 疲れが出て、頭が少しオカシクなっている男性族には、次第に退役してもらって、歌をうたうなり、踊りをおどるなり、少し人生、身軽にやってもらえばいい。

 男性諸君、お茶汲みなんていかがですか、禅僧はみんなこれをやって、悟りなどを開いたものなんです。爆弾つくったり、内閣をたらい回ししたりするより、よほど肩が凝らないし、イキなもんですよ。

 「ただの私」より抜粋


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